今号のBook

素直になれない自意識過剰な青年は初の海外一人旅で自らの不甲斐なさを知る
舞台
舞台
西 加奈子 著
講談社
1,400円+税
29歳無職の葉太。今、彼が立っているのは、ニューヨークのマンハッタン。小説家だった父の遺産を使ってやって来た初の海外旅行で、しかも初めての一人旅。宿泊先は、「ニューヨークに泊まるなら、暮らすことが体感できるアパートメントホテルがいい」と言った父に倣うことに。カフェでアメリカンブレックファストを注文し、コーヒーを飲み、「らしい」食事をする葉太は、五番街を歩く自分に酔いしれながら、それでいて「決してはしゃぐな」と自分に言い聞かせます。はしゃぐとろくなことはない――。それが、彼が経験から学んだことでした。
葉太は、どこか世間を見下した、素直になれない冷めた青年で、常に人からどう見られるかを気にする自意識過剰なところがあります。そんな彼が、唯一心を開いたのが小説でした。セントラルパークでお気に入りの作家の新刊を読むこと。それが彼にとっての今回の旅の目的でした。しかし、シープ・メドウに腰を下ろし、いよいよ本をめくろうとした瞬間、彼のバッグが盗まれます。「カッコ悪い」と、叫ぶこともできず、滞在初日から一文無しまった葉太は、虚栄心と羞恥心で助けを求めることができません。マンハッタンを彷徨う羽目になった葉太が、自分とどう向き合うのか、心をどう変えていくのかが読みどころです。
人間の欲が動く時、そこには予期せぬ何かが起きる
満願
満願
米澤 穂信 著
新潮社
1,600円+税
「夜警」、「死人宿」、「柘榴」、「万灯」、「関守」、「満願」の6つの短編を収録した本作。短編集ながら、一つひとつの物語はどれも構成が巧みで、絡み合う話の伏線、表情までも浮かび上がらせる細かな登場人物の描写、歯切れのよい言葉のテンポ、精緻な展開の組み方とロジック、どれをとっても秀逸な仕上がりとなっています。
各物語に共通しているのは、“日常生活を舞台にした人間の中に潜む欲がもたらした奇妙な出来事”。ミステリーの要素を取り入れながら、誰しもがもっている心の奥に潜む「影の部分」を見事に描き上げています。
「こんなはずじゃなかった、上手くいったのに」。そう残して殉職した新人警官の死の真相、かつて恋人だった女性の行方を追ってやって来た人里離れた宿で起こる一夜の生と死の出来事、父親への愛情が常識を超えた行動を引き起こしてしまった娘の企み、使命感に燃えるある商社マンが開発の進むバングラデシュで犯した罪と罰、都市伝説のネタを探しに事故が多発する峠を取材に来たフリーライターに降りかかる人間の恐怖、そして、人を殺めた女性が願った本当の目論見とは何だったのか――。
入念に練られた物語は、読み進めるほど引き込まれていきます。秋の夜長に夜更かしして読みたい一冊です。
●奉行EXPRESS 2014年秋号より [ →目次へ戻る ]