ビジネスに手話を持ち込んだ世界でも類を見ない企業
進むIT技術を駆使して手話サービスのインフラを担う
潜在マーケットにアプローチする企業がターゲット
手話とビジネス――。この結び付けにくい二つのキーワードを軸に事業を展開する会社があります。それが「株式会社シュアール」(神奈川県藤沢市)です。定着するブロードバンドインターネット、そしてデバイスや携帯端末の普及を追い風に、未曾有の市場を開拓し続けています。

株式会社シュアール
本社/神奈川県藤沢市遠藤4489-105慶應藤沢イノベーションビレッジ(SFC-IV)
TEL&FAX 0466-48-7640(KIEP事務局内)
代表取締役社長兼CEO…大木洵人 従業員数…5名(シュアールグループ含む)

2008年11月設立。社名のシュアール(ShuR)には「手話をレギュラーに」という願いが込められている。遠隔手話通訳サービスの提供、手話ガイドの制作、手話キーボードによる手話から日本語を引く手日辞典「SLinto Dictionaly(スリントディクショナリー)」の開発を主な事業に据える。今後は、これらの事業を発展させていくとともに、新たな手話サービスの開発にも着手していく。

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世界初ともいえる手話ビジネス専門会社
発達するITを活用しサービスを提供

 「初めから手話を土台に事業を行っている会社は稀です。そもそも税金や寄付金で運営されている手話サービスをビジネスにしようとする発想自体、世界的に見ても珍しいこと。当社は今、埋もれていた市場を懸命に磨いている最中です」。
 そう語るのは、株式会社シュアール代表取締役社長兼CEOの大木洵人氏。手話とビジネスを結びつけた張本人です。
 同社の事業の柱は、(1)インターネット回線を利用した遠隔手話通訳サービスの提供、(2)手話によるガイドアプリケーションの製作、(3)手話キーボードから手話の意味を引く手話辞典「スリント(SLinto)ディクショナリー」の開発、以上の三つ。主な取引先は行政や企業です。
「(1)は、ビデオチャット介して当社のコールセンターから有資格者が遠隔で手話通訳するサービスです。商業施設等の受付に携帯端末を設置してもらい、手話での対応が必要になった場合にその端末を見ながら会話を行います。オフィスビル、銀行、飲食店などに展開している事業です。(2)は極めてシンプルで、いわば“手話の案内ビデオ”。携帯端末の手話案内を見ながら観光地や展示物の説明を確認できます。最近では鎌倉市と協力して世界遺産候補地のアプリケーションを作成しました。(3)は世界展開も進めている事業です。手話の動作をいくつかのカテゴリに分類し、キーボードに描かれたそれらを組み合わせて手話を完成させます。そこから手話の意味、そしてより詳しい手話の解説を見ることができます。既存の手話辞典は日本語から手話を引く日手辞典。これでは意味のわからない手話に対応できません。それで手日辞典の構想が生まれました」(大木氏)。

聴覚障がい者向けのエンターテイメントを制作
手話のビジネスプランが認められ事業性を確信

 大木氏は自身を含め、身近に手話を使う人は誰一人いませんでした。しかし、その「美しい言語」に出会い、すぐに魅了されたといいます。
「手話はそのままの動作や状態を示す言語です。本を開く動作は「本」という意味ですし、二本の指を曲げて座るような動作をすれば「正座」となります。感性を刺激されました」。
 大学入学を契機に自ら手話サークルを立ち上げ、本格的に手話の勉強を開始。大学一年生の冬には、歌手活動を行う卒業生から声がかかり、NHK紅白歌合戦に出演しました。
「番組出演で全国から問い合わせが増えた一方で違和感も覚えました。番組に出てから半年も経っているのに、いまだ“紅白に出た手話サークル”と話題にされるのです。だって夏を前に年末のテレビの話題で盛り上がることは普通ありませんからね。調べてみると、聴覚者障がい者向けの娯楽が少ないことに気づきました。ニュースや教育番組はあるもののエンターテイメント性に欠けるものが多く、映画にいたっては5〜10年のスパンでしか制作されていませんでした」(大木氏)。
 だったら自分たちで手話の娯楽を作ろう。大木氏は聴覚障がい者が楽しめるコンテンツ作りに着手します。これが同社の事業の原型となりました。その後、温めていた手話サービスのアイデアをビジネスプランにし、学生向けビジネスコンテストに応募。結果、複数のコンテストで入賞。100万円近い賞金を獲得しました。これを元手に2008年11月、大木氏は株式会社シュアールを創業しました。

手話をビジネスのなかに投げ入れる意義
聴覚障がい者市場にアプローチする企業がターゲット

 同社はなぜ“会社”としてビジネスの世界に飛び込んできたのでしょうか。そこには大木氏の決意がありました。
「ある時、知り合いの聴覚障がい者が何気なく「私たち、警察や救急車を呼ぶのも一苦労なんだよね」と吐露しました。聴覚障がい者が110番・119番する際は、他者に頼むかファックスを送るかのどちらかです。後者は対応していない地域もあるので選択肢はより狭まります。手話を勉強していたのに、そんなこと一度も考えなかった自分が急に恥ずかしくなりましたし、最低限のインフラを享受できない世の中をどうにかしなければという思いがこみ上げてきました」。
 人生をかけて聴覚障がい者が享受するインフラ作りに取り組む――。そう決意した大木氏は、「人生をかけるとは、生活のベースを捧げること。つまり仕事にすることだった」と振り返ります。さらにビジネスのメリットもありました。
「権利を政府に訴えても、法律や制度を変えるには相当な時間がかかります。予算の分配に限界もあるでしょう。でもビジネスの世界はスピード勝負。企業が手話サービスに利点を感じれば、導入も世の中への広がりも速まります。そのほうが自分たちの目指す方向により近づきます」(大木氏)。
 市場のポテンシャルにも目をつけた同社。企業に対する社会的な価値観の変化や、IT普及も味方になっています。
「爆発的な売り上げ増は期待できませんが、当社のサービスが聴覚障がい者の生活インフラになれば、確実なマーケットが見えてきます。そこに企業がアプローチし、その過程に当社が入り込めばビジネスチャンスはいくらでも考えられます。新規顧客獲得、企業の社会的責任の遂行、障害者雇用率の確保など、今後、企業が聴覚障がい者にアプローチする期待は十分持てます。また、モバイルブロードバンドの普及、IT機器の低価格化、アプリケーションの充実で、当社のサービスを安価で提供できるようになったのも事業展開の追い風になっています」(大木氏)。

NPO法人に“事業を寄付する”という発想
手話ビジネスのリーディングカンパニーを目指して

 同社はシュアールグループの一員で、同グループは特定非営利法人(NPO法人)も擁しています。NPO法人の理事も務める大木氏は株式会社とのすみ分けをこう説明します。
「収益性の高い案件や新規案件は株式会社で行い、一定の収益にとどまる案件や、なくなっては困る案件はNPO法人が担います。端的にいえば、チャレンジしていくのが株式会社で、ある程度成熟したら事業をNPO法人に受け渡すという具合です。これは社会貢献の一環でもあります。当社のように小規模な会社は、寄付金を渡して社会に貢献をすることが難しい。でも、安定的な収益が見込める事業を譲渡すれば、それは寄付をしたのと同じ意味になります。こういったかたちの貢献があってよいと思います」。
 手話サービスの分野では後進国の日本。同社の目標はリーディングカンパニーとして、世界に向けたよりよい手話サービスを発信していくことです。大木氏は続けます。
「遅れていたあの日本からこんなすばらしい手話サービスがリリースされた、といわれるようになりたいです。当社の事業は他企業が持つ技術やサービスとのコラボレーションで成り立っています。押したり引いたりしながら相乗効果を生み出せたらいいですね。当社の売り上げは社会のニーズです。ビジネスとして確立され、手話で生活できる証明ができれば手話を使った仕事を目指す人の夢にも貢献できると思います」。
 自分たちに課された使命を理解し、ITや他社との協力をいかんなく活用する同社。「手話サービスといえばシュアールだよね」と世間に認知される日も遠くはないはずです。

●奉行EXPRESS 2012年夏号より [→目次へ戻る]