リタイアした高齢者の活用を事業化するその名も「株式会社高齢社」(東京都千代田区)。「生きがいと働きがい」を提供する同社は、インパクトのある社名に引けを取らない活力に満ちた会社です。
■株式会社高齢社
本社/東京都千代田区外神田3-6-4 OSビル5F
TEL 03-5296-7823 FAX 03-5295-3811
代表取締役会長…上田研二 代表取締役社長…有我昌時 従業員数…23名
2000年1月に設立。経営理念に「定年を迎えても気力・体力・知力のある方々に、「働く場」と「生きがい」を提供していく」、「社員≧顧客≧株主の(人本主義)を徹底する」、「豊富な経験を活かし、顧客には「低コスト・高品質・柔軟な対応力」を武器に優れたサービスを提供していく」、「「知恵と汗と社徳」を重視した企業風土の醸成に努める」の4本柱を据える。就労実績は、ガス設備の保安・メンテナンスなどガス事業関連分野を中心に、設備管理やビルメンテナンス業務、清掃など幅広い。設立当初からワークシェアなど柔軟な働き方を提案し、従業員のワークライフバランスに努める。今後は、培ったノウハウを経営者や起業家に教え伝えるとともに、より働きやすい労働環境の整備や、新たにシニアを対象とした事業に挑戦していく。
「高齢社という社名、一度聞いたら忘れられないでしょ?」。今から12年前の2000年1月、62歳で株式会社高齢社を起業した現同社代表取締役会長の上田研二氏はどこか得意気です。同社の主な事業は人材派遣業、有料職業紹介事業と請負事業です。こう紹介すると、一見どこにでもある会社と思われるかも知れませんが、否、他社とはまったく異なる会社なのです。
「登録は定年退職者が対象で、受け入れ年齢は60歳以上75歳未満の元気で働く意欲のある人。定年制はありません。就労スタイルは基本的に登録者の生活に合わせます。60歳以上になると病院に通う回数も増えるし、ゴルフをしたり旅行したりリタイア後の生活も楽しみたい。現役の頃と同じ働きを強制するなんて、端から思っていませんでした」。
高校を卒業して東京ガス株式会社に検針員として入社した上田氏が起業を思い描き始めたのは、二度目のグループ会社への出向を経験した時。東京器工株式会社の代表取締役社長に就いていた頃のことです。
「当時の一般的な経営スタイルは株主重視で、従業員は日の目を見ない状況でした。私は、会社は株主だけのものじゃないとその風潮に疑問を感じていました。資本主義ではなく人本主義こそが経営を支えるはずなのに。だから出向先のトップに就任した時はチャンスだと思いましたね。自分の経営哲学を試せると。幸いにも銀行も親会社も匙を投げる状況で再建を任されていたので、好き勝手にやらせてもらいました(笑)。理想の経営を目指すこと、これが起業の一つ目の理由です。二つ目の理由は、少子高齢化社会の到来で必ず高齢者の活用が必要になると確信したからにほかなりません。
ある講演会で、少子高齢化、とりわけ少子化は、考えている以上のスピードでやってくるという話を聴きました。その頃は人口がまだ増加傾向にあって、子どもが減るなんて先の先という人がほとんどの時代です。これは最高の情報、つまり高齢者に活躍してもらう時代が来る裏付けを得たと思いました。そして三つ目は、高齢者に生きがいと働きがいを与えたい、仲間との付き合いの場を提供したいという理由です。リタイアした先輩方の話を聞くと、退職後は麻雀、ゴルフ、カラオケとやることがたくさんあるのですが、半年も遊びばかりでは面白みのないことがわかり、仕方なく家にいると妻には邪魔にされ、外出しようと犬の散歩を一日五回もすれば犬にも呆れられ、忙しい子どもたちからは見向きもされず…というではありませんか。60歳で定年して、80歳を寿命としても、それを20年続けるのは耐え難い。そういう人たちに生きがいを感じてほしいと思ったんです」(上田氏)。
同社は従業員の生活を中心に考えていたため、「一つの仕事を二人で行う」というワークシェアリングを早々に取り入れました。しかし従業員中心とはいえ、会社を運営するには、売上と利益を出さなければ経営は成り立ちません。同社には当初からシニア活用の勝算はあったのでしょうか。
「おかげさまで売上高も経常利益も年々右肩上がりに推移しています。働く人の希望を優先していて融通が利かないように見えますが、退職者の派遣には実は様々な利点があるんです。先ほど述べたように、退職者は毎日が日曜日。時間もたっぷりあります。若い方であれば土日対応には割増しがつきますが、リタイアした身には関係ありません。むしろ土日に働いた方が働く側も嬉しいんです。例えばゴルフに関していえば“平日割引”で遊べますからね。それに、取引先から急な要請があっても誰かしら手が空いていますから、柔軟な対応ができます。当社の登録者はガス関連事業に携わった退職者が多く、それらに関連した派遣先が多いので、教育費や研修費もほとんどかかりません。働く意欲がありますから、仕事も真摯に取り組みます」。
これから先、必ず訪れる労働力不足。同社から学ぶ点は一体どこにあるのでしょう。上田氏の話から、次のようなヒントが見えてきました。それは、(1)従業員が長く働ける労働環境・風土づくりを進める「シニア雇用モデル」、(2)高齢者が労働力として活躍し続ける仕組みの「シニア活躍モデル」、(3)金銭的余裕を得たシニアをターゲットとした事業展開の「シニア市場活性モデル」です。これらの項目は、高齢社会が本格化する今後、企業経営の要となるポイントです。それぞれのヒントとなる高齢社の取り組みについて、上田氏は次のように話します。
「定年年齢の引き上げは時間の問題です。(1)の体制作りは早めに取り組むべきです。今でこそワークライフバランスが注目されていますが、シニアの雇用が増えれば「人本主義」はますます重要になると思います。当社は年金併用型で働く人も、社会保険加入で働く人もいます。様々な選択肢があることが雇用を確保するポイントです。(2)に関しても、せっかく労働意欲があるのですから、仕事を押し付けるというよりは、従業員それぞれが活躍できる仕事を提供するという仕組みが効果を発揮するでしょう。無理をしないスタイルは長期活躍も見込めます。(3)も重要です。健康、金銭的余裕、労働意欲はヒト・モノ・カネの循環をよくします。こうなれば、シニア市場を見越した新事業やサービスの展開も考えられそうです。ちなみに私は元気なシニアを「末期高齢者の狂い咲き」と言っているんですよ(笑)」。
シニアの労働モデルがまだ十分に確立されていない今日、高齢社の役割について上田氏は次のように続け、高齢社は“同業者大歓迎”ののろしを上げます。
「一人でも多くの高齢者に生きがいと働く場を提供することが我々の使命です。業界別に当社みたいな会社が社会に根づくことを願っています。そのために経営ノウハウを公開することに何のためらいもありません。教えることはライバルが増えることですが、私はライバルが増えるとは思いません。当社のような経営のビジネスモデルを普及させてくれる仲間が増えたと思っています。仲間が増え、社会的に高齢者の活躍ムードが高まってくれることが本望なのです。シニアの起業家も大いに応援します」。
中小企業の経営者や経営幹部への講演も多い上田氏は、自身も企業を引っ張る身。経営者の目が社内全体に届き、意思決定も早い中小企業こそ、理想の経営をする最高の土俵だといいます。そして、パーキンソン病で身体の自由がきかない上田氏は、そんなことはお構いなしに「死ぬまで現役」を掲げます。高齢社の今後の展望とは――。
「社内の体制や仕組みなど、当社自身の土台をしっかりさせることが当面の課題です。まだまだいろいろと試している段階ですからね。事業でいえば、高齢者の結婚サービスや、私のように不自由な身体を持つ人向けの店づくりを考えています。出会いも大切にします。できるだけ多くの人に出会いを求めて多くの場所に出向く。広告を打たない割にたくさんのメディアで取り上げてくださるのは、鮨屋で名刺を配ったりして高齢社をPRしたおかげかな(笑)。私には「恒に夢を持つこと 志を捨てず難きにつく」という好きな言葉があります。これは日本で初めてテレビを発明した高柳健次郎氏の言葉。この教訓を忘れず、生涯現役で今まで以上に邁進するつもりです」。
働く意欲に定年はありません。還暦を迎えても体力的に十分に働ける方も増えています。この貴重な資源を無駄にせず、戦力として活用しない手はありません。高齢社には、これからの時代を生き抜く経営の知恵がつまっています。