ありそうでなかった「かっこいいスタイリッシュな白衣」。そこに目をつけ、デザイン性のある白衣の製造販売を事業化させたのが、法人設立3年目のクラシコ株式会社(東京都渋谷区)です。今までの白衣は大量生産がほとんどの、いわば使い捨て作業着。しかし、同社は「白衣はスーツと同等」と考え、国産にこだわり、注文を受けてから一着一着丁寧に職人が仕立てる製造スタイルを貫いています。他社とは一線を画すその経営戦略に迫ります。
■クラシコ株式会社
本社/東京都渋谷区神宮前5-47-15 青山学院アスタジオ303 TEL 03-6427-4767
代表者…大和新 従業員数…10名
2008年3月に個人事業としてスタートし、同年12月に法人化。従来の大量生産型とは違い、注文を受けてから縫製するセミオーダー型の白衣を自社のECサイトにて販売。デザインの企画から素材の開発、製造・販売をすべて自社でまかないっている。職人による縫製技術をベースにしたシルエットは、今までの白衣にはなかったデザインで、世界中のドクターから定評がある。10年には米国の「インターナショナルデザインアワーズ」の医療分野で最優秀賞を受賞。今後のグローバル展開の足がかりとして、今夏には中国に事業所を開設。白衣のほか、手術着とドクターシューズも取り扱う。
かっこいい白衣がない――。クラシコ株式会社の代表取締役・大和新(おおわ あらた)氏は、医師をしている友人から病院の白衣事情についてこう切り出されました。
「ファッションにこだわりのあるその友人は、毎日着る白衣に不満を持っていました。友人曰く、朝、服装をばっちり決めて出勤しても、病院のロッカーを開けた瞬間にあの白衣を着ると思うとテンションが下がる、というのが理由だそう。私は全く別の業界に勤めていて、白衣を着る仕事に就いているわけでもなかったので、その時初めて日本にかっこいい白衣がないことを知りました」。
大和氏の友人の周りには同じような考えを持つ医師が多く、かっこいい白衣を望む声が圧倒的でしたが、その声とは裏腹に、ニーズを満たすサプライヤー(生産者)は皆無。白衣にかっこよさを求めることすら手つかずの分野でした。大和氏は、友人の話を聞くうちに、高いニーズに納得がいったと続けます。
「オフィス勤めのビジネスパーソンは、それなりの値段を出したスーツを着て仕事に臨みます。万単位で購入した下ろし立てのスーツを着れば、気合の入り方も違ってくるでしょう。しかし医療の現場では、白衣は作業着という認識が強く、使い捨てが一般的。海外で安く大量生産されたものがほとんどで、パターン(型)もデザインも昔から変わっていません。でも友人が主張するように、スーツと同等の白衣があれば、働く人のモチベーションも変わってくるはずだし、それを求めている人も多い。将来性のある市場だと思いました」。
では、かっこいい白衣とはどういったものなのか。大和氏は、イタリア仕立てのテーラスーツの工房でカッター(洋服生地の裁断師)として働いていた大豆生田(おおまめうだ)伸夫氏(現同社取締役)に相談。本物の白衣を目指して、彼の仕立て技術をいかした高級白衣作りを提案します。
「かっこいい白衣のアイデアを話したら、彼も興味を示してくれました。友人医師の話を聞いてから1、2年ほどたった頃です。私自身も起業に関心を持ち始めていた時で、さっそく工場探しを開始。大量に作る必要はないため、パリコレクションや東京コレクションなどコレクションの小ロット縫製を担当する工房に駆け寄りました」(大和氏)。
そして、両氏の二足のわらじ生活がスタートしたのです。
2008年3月に個人事業として始動。当初からインターネット通販に絞り、ウェブサイトは販売前に立ち上げました。
「サイトを立ち上げてすぐ、思った以上の反響がありました。白衣一着が2万円近い、通常の約6倍の価格帯にもかかわらず、です。同時に、かっこいい白衣のニーズが間違いなくあると確信しました。医師の多くは欧米に留学した経験があり、スタイリッシュな白衣を身につける文化に馴染みがあります。帰国後に個人輸入するケースや、渡航した際に大量に購入して帰国するといった話もよく耳にします。そういう背景もあって、常日頃から白衣の情報収集を行っていた方が多かったのも反響の一因かもしれません」(大和氏)。
しかし注文数が増える一方で、両氏の負担も大きくなっていきました。というのも白衣作りを始めた頃は、大和氏も大豆生田氏も企業に勤める身。平日の夜と休日に行っていた顧客対応と梱包発送作業も次第に追いつかなくなり、同社は同年12月に法人化。今年で3年目を迎えます。
「繊維メーカーと共同開発したオリジナル生地の使用や、スタイルを良く見せる立体的な仕立て技術など、当社の強みはさまざまありますが、企画、デザイン、製造、販売まで一括していることも大きな特長です。白衣業界では、メーカーが直接病院に販売するケースはあまりなく、販売代理店(販売店)が販売をします。あるいは、リネンサプライの会社が大量購入してレンタル/リースで病院に卸すケースです。地方では、街の個人商店が販売することもあります。いずれにせよ、メーカーがエンドユーザーと関わることはほとんどありません。でも当社は、それらの企業とはまったく別の会社であり、顧客との接点を大事にし、対話の中から次の開発のヒントを常に探っています。これは、ものづくりに携わる企業にとってとても重要なことだと思います」(大和氏)。
大手メーカーとも個人商店とも一線を画す同社は、競合他社と呼ぶ企業はありません。それが、新しい市場を生み出した源泉であり、経営の強みとなっています。
同社の経営好調の理由は独自の事業内容にありますが、インターネットの力も忘れてはなりません。
「当社には営業部隊がおらず、顧客との接点はすべてウェブサイトを通じたインターネット販売でのみです。インターネットがなかったら、おそらく当社の事業は成り立たなかったはずです。インターネットのメリットは、多様化したニーズをリアルタイムに拾えること、その声から新しいビジネスを考えられることです。会社設立の約1年後には、運営はすべて日本で行いながら、アメリカでの販売を始められましたし、顧客もイギリス、カナダ、オーストラリア、イタリア、サウジアラビア、クエートなど世界中に広がっています。10名のスタッフで世界を相手にできることは、やはりITのおかげが大きいですね」(大和氏)。
グローバル展開の傍ら、国内においてもかっこいい白衣の価値と可能性を追求し続けます。
「病院数が増え、淘汰される時代がやってくるこれから、受け身だった病院はサービスやスタッフの質の向上に努めなくてはなりません。その際のイメージ戦略としてユニフォーム(白衣)は、大きな役目を担っています。かっこいい白衣を着ればドクターたちの仕事に対する姿勢も変わりますし、背筋が伸びて印象もよくなる。それを見た患者さんたちが評価してくれれば、さらに働く人のモチベーションアップになる。そして患者さんたちの評判が口コミで広がって、結果的に病院の利益となって返ってくる。白衣を変えるだけの小さくて単純な変化ですが、その変化こそ改善のきっかけになるのです」(大和氏)
昨今の円高も影響して、同社は今夏、中国にオフィスを開設。国産と同じクオリティの白衣を海外向け販売用に製造する予定です。また、サイズのカスタマイズをワンクリックで注文できるシステムも構築済み。将来は「かっこいい白衣と言えばクラシコでしょ」と世界のどこで聞いても言われるようになりたいですねと大和氏は言います。
無限の価値を秘めた白衣に、世界のメディカル界のスタンダードファッションが「Classico」になる日も近いかもしれません。