対談:ITの新たな波“クラウド”に迫る
ITの新しい技術・サービスとして、クラウドコンピューティングが注目され、国内企業の間で急速に広がりつつあります。そうした状況下、2008年10月に、セールスフォース・ドットコムとOBCが協業し、中堅・中小企業向けに製品を共同展開すると発表しました。クラウドコンピューティングとはそもそも何か、それは中小企業にとってどのようなメリットがあるのか。また、その代表的なサービスであるSaaS型CRM「Salesforce CRM」と「奉行 V ERPシリーズ」の連携は、それらの企業にどのような価値をもたらすのか。今回は、クラウドコンピューティングのリーディング企業であるセールスフォース・ドットコムの宇陀栄次社長をゲストにお招きし、その世界の魅力と生み出す商機についてお聞きしました。
第1部 セールスフォース・ドットコムがサービスを展開するクラウドの世界
■クラウドがビジネスを革新に導く

―今、ITの世界で最も注目を集めているのが、クラウドコンピューティングです。クラウドコンピューティングとは、ソフトウェアやITインフラ(サーバー、ストレージ等)などを、自前で持つのではなく、ネットワーク経由でサービスとして利用する形態のこと。お客様からは見えない、ネットワークの向こう側のいわば雲(クラウド)のようなところにサービスとして存在することから、そうした名称で呼ばれています。まずはクラウドコンピューティングとは一体どういうものなのか、その本質をうかがいたいと思います。

宇陀栄次 宇陀 一言でいうと、「作る」とか「買う」という「所有」の概念に続いて出てきた、「利用する」という、ITを使う際の「第3の選択肢」だと考えていただきたいですね。例えば、自動車でも自家用車に乗ることもあるが、タクシーを利用することもある。旅行に行って、家を買う人はいませんよね。ホテルを利用します。他の産業ではいくらでもあるその形態が、ITの世界でもようやく出始めた。これからのITでは、ある部分は所有し、ある部分は利用する。そうした使い分けが本格的に始まったということです。

和田 そうですね。昨今、インターネットがビジネスの通信基盤になり、企業は従来の会計や請求、給与計算などにとどまらず、より様々なITのシステムを導入する必要性が生じてきました。その際に、必要なものを顧客が選んで手軽に「利用する」という形態がクラウドコンピューティングの世界。まさに新しい社会構造が生まれようとしているのを肌で実感しますね。「利用」ということは、もしそのサービスが物足りなかったら、他のサービスに乗り変えることもそれほど負担なくできる。お客様の選択できる自由度が高いわけで、これは非常に優れた点です。そうした機会を狙って、今後高品質で低価格なサービスが次々生まれ、競争もより激化してくることでしょうね。

―さて、その激戦が予想されるクラウドの世界で、現在リーディングカンパニーとしてサービスを提供されているのがセールスフォース・ドットコムです。どのようなサービスを展開されているのですか。

宇陀 大手から中堅・中小まで様々な業種、規模の企業に向けたITサービスとして、SaaS(Software as a Service)型CRM(Customer Relationship Management=顧客管理)をインターネット経由で提供しています。SaaSとは、文字通り、ソフトウェアをサービスとして利用する形態です。使う側のお客様は、ソフトウェアもサーバーやストレージなどのハードウェアも持つ必要がありません。パソコンからブラウザを使ってインターネットに接続するだけで、クラウド上に用意した、営業支援、マーケティング、サービス&サポート、代理店管理、モバイルといった様々な顧客管理に関するITサービスを利用することができます。

和田 お客様は自分に必要なサービスだけを選択して導入できるわけですよね。そして、このSaaS型CRMを活用するメリットは短期間で構築できたり、大幅にコストを抑えられるなど、多くのメリットがあります。

宇陀 その通りです。大規模なシステムでも、わずか数ヶ月で構築することができます。そして、それを使いながらほとんどの場合追加費用を必要とせずに、修正を加えていくことも可能です。また、中小企業でも大企業向けと全く同じ付加価値の高いサービスを受けられることもポイントです。初期投資を最小限に抑えられること、導入期間が短いこと、拡張性や柔軟性、強固なセキュリティを備えていることなどにより、高い投資対効果を生むことができます。
第2部 Salesforce CRM × 奉行 V ERPシリーズ、協業の内容とメリット
■中小企業の“攻め”と“守り”が構築できる

図1 ―今回、SaaS市場を牽引するセールスフォース・ドットコムとOBCが協業をスタートしました。なぜ、お互いをパートナーとして選んだのか。まずはその経緯を教えて下さい。

宇陀 「セールスフォース・ドットコムはCRMの分野からERPに進出するのか」と聞かれることが以前から度々ありましたが、我々自身で切り開くことはないと考えていました。自分たちの独自性を出せる分野ではないし、不要な敵を作り、会社の成長にもマイナスになる部分があると思っていたからです。しかし、ERP展開の必要性は感じていました。そこで、他社との事業提携という形を考え、組む相手を探したときに、これはもうOBCしかないと。理由は簡単です。OBCがERPパッケージのトップカンパニーだからですよ。日本でこれだけのソフトウェアを、中小企業を中心に展開し、成功した企業は見当たらない。和田社長にはSaaSの最新のトレンドやお互いにないものを補完し合えることなどを説明して、こちらから手を組むことをお願いしました。

和田成史 和田 時代のキーワードは、「選択と集中」、「役割分担と協力」です。つまり、自分が得意な分野で、必要なものを必要なだけ、コンポーネント(構成部品)として開発し、それをジョイントしていく時代だと思うんです。従って、どこに選択・集中し、どこと事業提携していくか。IT業界の利用する側とは反対の世界では、今まさにそうした動きが加速している。これまで基幹業務パッケージを中心に開発・販売し、お客様のシステム構築に対して、高付加価値の提供、導入期間の短縮、コストの低減などを実現してきたOBCと、クラウド・SaaSのトップ企業であるセールスフォース・ドットコムの協業もその形の1つです。今回の“パッケージ”と第3の選択肢である“クラウド”の融合は、IT業界に新たなインパクトと活力を与えることになります。

宇陀 今回の協業で興味深いなと思ったのが、パッケージとクラウドという製品の特長以外にも両社には異なる部分が多いことです。我々はグローバルカンパニーで、OBCはリージョナル。また、我々はクラウドコンピューティングで、OBCはクライアントサーバー。そして外資と日本企業。全く違うポジショニングなんですよ。それが上手くコンビネーションするというところが実に面白い。

和田 この話は非常に奥が深いですよ。お互いテクノロジーが全く別。別物同士なんですよ。かたやパッケージで、かたやクラウド。それぞれが長年にわたり英知を結集して開発し、今後も変わりなく注力していくものを、融合して価値を増殖させると。これこそまさにこれからの時代の新しいビジネスモデル、社会構造だと思います。

―では、この協業の内容と利用者側である中小企業のメリットについてお聞かせください。

和田  協業では、まずは第一段階ということで、フロントエンドであるSalesforceCRMとバックヤードに当たる奉行 V ERPシリーズを連携させ、取引先情報や売上げ情報などのデータをシームレスに管理できるサービスの提供を考えています。これにより、奉行VERPシリーズのお客様は、勘定系のシステムに連携させる形で、SalesforceCRMというビジネスプロセスをマネジメントできる最新の仕組みを、新たに導入できることになります。しかも、そのビジネスプロセスの機能は、自らの成長に応じて徐々に拡張できるもの。 これは中小企業にとって、奉行 V ERPシリーズを補完する有効なソリューションとなります。

宇陀 実際に営業で想定される活用シーンとしては、例えば、顧客の経理情報を逐一確認しながら営業活動を展開するといったことが挙げられます。つまり、取引先の入金状況などの与信管理をしっかりとチェックし、その上で営業に取り組むことで、倒産による影響などのリスクを回避できます。言ってみれば、SalesforceCRMが提供するCRMやSFA(SalesForce Automation=営業支援)は「攻め」部分であり、 奉行 V ERPシリーズの財務や会計、経理が「守り」の部分となる。攻めも守りも強くないとビジネスでは勝てない。そのシナジー効果を、活用するお客様は充分に受けることができるわけです。

和田  一方で、財務・経理担当者にとっては、Salesforce CRMを活用することで、取引先情報や売上げ情報をリアルタイムで把握し、売上げ予測などのデータも取得することができます。それらを奉行 V ERPシリーズと連携させ、経営戦略に役立てることも可能です。また、内部統制を意識した、詳細な営業データ、顧客管理データを取得することもできます。言ってみれば、 勘定系の奉行 V ERPシリーズはビジネスではあくまでも結果であり、それにSalesforce CRMというプロセスが加わり、結果とプロセスの両方が融合することで、お互いに強みを出し合うことができます。それによりお客様の成長は牽引され、満足度もより一層高まっていくと思います。

―これだけ全くポジションが異なる両社、そしてサービスですが、反対に、何か共通点はないでしょうか。

対談1 和田  どうでしょう。 奉行 V ERPシリーズでは、1つのパッケージ(シングルソース)でより多くの複数顧客(マルチテナント)をカバーすることを目標に開発してきました。そのいわゆるシングルソース・マルチテナントの対応をどれだけ広い面でできるかという発想です。それには導入のしやすさが鍵を握る。細かい話ですが、そのためにどの企業でも極力デフォルト(初期設定)のまま使えるように、標準化にも力を注いできました。それに、マニュアルを読まないでも直感的に操作できるように、使いやすさも追求してきました。セールスフォース・ドットコムもそうだと思いますが、いかがでしょうか。

宇陀 そのシングルソース・マルチテナントという発想は、まさに我々も一緒ですよ。創業以来ずっとそうした設計思想でビジネスを進めてきました。それに標準化の考え方もまさに同じです。我々も米国で創業以来、主に中小企業を相手にビジネスを展開していますが、顧客からは千差万別の要求があります。それに1つ1つ応えるのは不可能。しかし、応えないとサービスを止められてしまうので、なるべく標準化されたサービスの提供に努めてきた。OBCも同じなんですね。また、直感的な使いやすさの追求も全く同じ考え方です。ビジネスでは、「直感的に分かる」サービスが一番伸びるといわれています。「勉強して分かる」ではなかなか伸びない。

―標準化、直観化などのキーワードを根本的な部分で共有しているわけですね。根っこが同じだから、協業が成立する。

和田  導入のしやすさ、使いやすさを追求するという、同じ発想のもとに作られた“別物”を連携させたサービスを、お客様が使うメリットは非常に大きいと思います。奉行のお客様でいえば、優れた使い勝手はそのままに、新たにSalesforce CRMという、有効なサービスを自社のビジネスの仕組みに組み込めるわけですから。勘定系と顧客管理が継ぎ目のない状態で連携するこのサービスは、中小企業にとって、間違いなく新たな武器になると、確信しています。
図4
第3部 協業の今後の展開とビジネスの可能性
■お客様次第で可能性は無限に広がる

―第一段階の連携がスタートしたわけですが、今後の展望をお聞かせください。

宇陀 そもそもIT業界における「アプリケーション」という言葉は、「ベンダー(製品を販売する会社)が中心となって設計思想やプロダクトを作り、その形にお客様を適用させる」という意味で使われています。しかし、Googleもセールスフォース・ドットコムもOBCもそうですが、お客様のリクエストに応じて、形を作ってきた。全く進化の過程が逆なわけです。従って、今後どうなるのかはお客様のニーズが大きな鍵を握っています。ニーズに応える形でサービスは進化し続けます。そういう意味で、可能性は無限だと思います。

和田 そうですね。OBCもお客様からの要望が多いもの、また少なくても極めて重要なものを製品に反映し続けてきました。「成長はお客様とともに」をモットーに、顧客第一主義という原点をずっと貫いてきた。だから今の宇陀社長の話は非常に共感を覚えます。要するに、お客様のニーズを満たすこと、さらには成功に導くことこそが、我々の常に目指すものであるということです。セールスフォース・ドットコムとは同じ遺伝子、DNAを感じますね。 それは、今後も変わらないこと。やはり我々にとって重要なのは、お客様を常に見続けていくことです。そして、ニーズを聞いてそれに全力投球します。当然のことながら、今回のSalesforce CRMと奉行VERPシリーズが連携するサービスでも同じスタンスです。それを踏まえながら、色んな形でサービスを発展し、お客様に貢献していきたいと考えています。

宇陀 いわゆる「市場主導」ですね。「製造者・販売者主導」ではなく、「購買者主導」であると。皆さん頭では理解しているんですよ。でも実践しているところは少ない。それに対し、OBCは実践者だし、セールスフォース・ドットコムもそうですよ。OBCは約30年の中でそれを経験的に詰め込んできた。かたやセールスフォース・ドットコムは、米国特有の論理的、体系的な手法で成し遂げてきた。アプローチは若干違いますけど、似たような道を歩いてきているわけですね。協業では、そうした両社で市場の声によく耳を傾けて、まずはより多くの導入成功事例を作っていきたいと思います。

和田 一方で、この協業自体も成功させることで、多くのベンチャーに対し、技術やノウハウをコラボレーションすることによる可能性を提示することができます。それが日本のIT産業をより成長させる端緒になり、国内経済の活性化につながればとも考えています。

―最後に、今後中小企業にとって求められることを教えて下さい。

対談2 和田 ITがあらゆる産業のプラットフォームになることはもう間違いない。自動車でも機械メーカーでも、物流でも、とにかくすべてのプラットフォームになります。そうした中、中小企業も効果的・効率的なIT投資に取り組まれ、生産性を向上させていかれることがポイントとなるのではないかと思います。

宇陀 景気がこういった状況です。しかし、私はそうした環境でも、新しいアイデア、新しいチャンス、新しい領域があると思っています。東大阪のねじの会社が、Salesforce CRMを導入して、毎月売上げが20%アップしている例もある。本来、日本の中小企業の経営者の方々には地力、強さがあります。大切なのは、戦う姿勢であり、ビジョンである。そしてそれをどのように実現するかと考えたときに今の時代は手段としてのITが必要になってきます。私が気に入っている言葉に、「変化することのリスクもあるが、変化しないことのリスクもある」というものがあります。今は後者の「変化しないことのリスク」の方が大きいのではないでしょうか。

和田 私も同意見です。今回、セールスフォース・ドットコムのSalesforce CRMとOBCの奉行 V ERPシリーズの連携により新しいバリューを提供することが可能となりました。この新たなバリューにより、お客様が変化への戦略を打ち出し、商機を掴むことに大いに貢献できればと考えております。

●セールスフォース・ドットコム 会社概要
1999年3月、米国セールスフォース・ドットコム創業。2000年4月、日本法人として株式会社セールスフォース・ドットコム設立。主な業務は、SaaS型CRMアプリケーション「Salesforce CRM」の提供、PaaS(Platform as a Service)として、SaaSアプリケーションの基盤となるプラットフォーム「Force.com」の提供、導入支援コンサルティング、トレーニングサービスの提供。SaaSやPaaSは1つのシステムを数百万のお客様が利用できる「マルチテナント方式」という革新的なITモデルで展開し、お客様は複雑なITインフラなどを開発も所有もせずに、同社が提供する様々なビジネスアプリケーションを利用できる。「SalesforceCRM」は世界で5万1800社、110万人以上が利用。日本でも大企業から中小企業まで数千社が利用している。(2008年10月31日現在)
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●奉行EXPRESS 2009年冬号より [→目次へ戻る]