「元気!」組ビジネスリポート
■ポストWebを予感させる3D仮想世界『セカンドライフ』
『セカンドライフ』は「もうひとつの人生」を体感できる3D空間の仮想世界。3D空間による表現力とユーザー主導の世界観で、ポストWebとして世界中の企業が注目しています。大手企業の参入が次々と報道されていますが、中小企業でもアイデア次第でこの未開の地で大きなチャンスをつかむことができるかもしれません。
 現実世界と仮想世界を行き来し、「もうひとつの人生」を楽しむといったSFのような話を、いま現実に世界中の多くのインターネットユーザーが体験しています。
 インターネット内での3D仮想世界で「もうひとつの人生」を体験することができるのは、サンフランシスコに拠点を置くリンデン・ラボ社が運営する『セカンドライフ』。仮想世界の国土はシンガポールの面積を超え、登録者は2007年11月には延べ1,000万人に達しています。『セカンドライフ』は「Web 2.0」の流れのひとつとして、またポストWebの最も有力な候補として、世界中のビジネスシーンで注目を集めています。
「ゲーム」ではなく「シミュレータ」

 『セカンドライフ』という仮想世界の住人になる条件は、パソコンがインターネットにつながっていることだけです。土地やアイテムを購入するには料金が発生しますが、基本的な利用料は無料です。
 登録した住人は、アバターと呼ばれる人型の分身でこの世界に参加します。性別や体型、服装など自由に選択することができます。また、空を飛びまわったり、瞬間移動を行ったりと現実のあなたとは少し異なる能力も身につけることができます。
 実は、仮想世界にアバターとして参加するといったコンセプトのサービスは『セカンドライフ』以外にもいくつか存在します。国内では『ドラゴンクエスト』でおなじみのスクウェア・エニックスが運営する『ファイナルファンタジーXI』、米国発ならばエレクトロニック・アーツの『ウルティマ オンライン』、韓国発では『リネージュ』などの仮想空間に多人数で参加するオンラインゲームが人気です。
 しかし『セカンドライフ』を運営するリンデン・ラボ社は「『セカンドライフ』はゲームではない」といい切ります。実際『セカンドライフ』の仮想世界では派手な魔法で巨大な怪物を倒したり、宝物を見つけたりといった運営者側から与えられるシナリオやミッション、そしてエンディングもありません。
 参加者はインターネット内に創られた「3次元の仮想世界」で「もうひとつの人生」を自由に過ごすだけです。参加者同士で会話を楽しんだり、自分のお気に入りの場所でくつろいだり、家を建てて好きな家具を購入したり、友人を招いたり、「ゲーム」というより「ツール」、あるいは「シミュレータ」といった方がいいかもしれません。

現実世界と仮想世界をまたぐ経済圏

 ビジネスシーンで『セカンドライフ』が注目されているのは、この現実世界の「シミュレータ」という側面です。『セカンドライフ』内には「リンデンドル」と呼ばれる仮想通貨が流通していて、ひとつの経済圏を構築しています。仮想世界での土地やアイテムの売買にはこの通貨が利用されます。「こども銀行券」などと侮ることはできません。「リンデンドル」はリンデン・ラボ社によって「米ドル」で購入したり交換することができます。現在1日に消費されるこの仮想通貨は米ドル換算で100万ドルを超え、参加者同士の取引は1ヵ月当り800万米ドルにのぼり、参加者の増加によりますます増大する傾向にあります。もちろん仮想貨幣の流通量によって日々為替レートが変化します。リアルマネートレーディング(RMT)といわれる仕組みです。2007年には100万米ドル相当の資産所有者が現れ、大きな話題となりました。

CGMによる世界

 『セカンドライフ』を運営するリンデン・ラボ社が「ゲームメーカー」としてではなく「Web 2.0企業」として注目を集めているのは、『セカンドライフ』の世界が「CGM(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア:消費者生成メディア)」によって成り立っているという点です。仮想世界に存在する公共スペースを除く全ての建物やアイテム(家具や服、車や飛行機、道路や橋など)はすべて、参加者によってつくられ、それらの著作権は参加者に全て帰属します。リンデン・ラボ社のビジネスモデルは仮想空間の土地の売却とそのリンデンドルの交換における手数料、プレミアム会員からの課金などが主。仮想空間をどのようにつくり上げるかは、全て参加者にゆだねられています。

ポストWebへ相次ぐ企業の参入と取り組み

 2007年11月にはNTTドコモが新製品発表会を「現実世界」と『セカンドライフ』の仮想世界で同時に行うという試みで話題になりました。また毎日のように企業の『セカンドライフ』参入がニュースで取り上げられています。トヨタ自動車や日産自動車、野村証券や三越といった大企業から個人商店までがこの新しいプラットフォームに続々と参入し、どこかWebの黎明期を思わせます。3次元の表現力を利用した広告やセールスプロモーション、CGMによる口コミ効果など『セカンドライフ』には「Web2.0」の次のヒントが数多く隠されているように感じます。
 米国大手のアパレルメーカー「アメリカンアパレル」は2006年6月に『セカンドライフ』内に現実空間とそっくりのショップをオープンし大きな話題となりました。仮想世界のショップではアバター用の服飾品が購入できると同時に現実の商品をWebのオンライショップで購入する導線にもなっています。3D仮想空間とアバターの特徴を活かせば、アバターで試着してからといった新しい可能性も見えてきます。同社は1年後「私たちが次に何をするか、これからも注目してほしい」というメッセージをしてこの画期的な実験店舗を閉鎖しました。
 ネットワーク機器大手の米シスコシステムズは、いち早く『セカンドライフ』に参入し、既存Webコンテンツを流用した巨大なビルを建築しました。しかし、ユーザーはまったく見向きもせずにビルはゴーストタウンと化してしまいました。同社は数ヵ月後にビルを取り壊し、新たに商談スペースや就職相談窓口としてのコミュニケーションブースを設け、『セカンドライフ』をコミュニケーションツールとして利用するアプローチに変えて成功しました。

日本語版のサービスも開始

 土地を購入し大きな建物を建築して話題を集めるというセールスプロモーションの手法は「大企業だからできること」という見方もあります。しかしいくつかの実験例や成功例を見る限り、必ずしも潤沢な予算を費やせば結果が得られるわけではなさそうです。
 フラット化やロングテールという「web 2.0」の特徴に加えて、企業と消費者のコミュニケーションのあり方がより重視される『セカンドライフ』の世界は、大企業よりもむしろフットワークの軽い中小企業にこそ向いているかもしれません。
 3Dアイテムによる新商品の配布やそれらに対するフィードバックの把握、さらには街中に大きな看板を取り付けるなど、現実世界では予算的に困難だったユニークなイベントやセールスプロモーションなども仮想世界ならば可能になるかもしれません。このような3D空間ならではの利用方法やコミュニケーションを重視したユニークなサービスが期待されています。
 まだ多くの参入企業はこの新しい仮想世界である『セカンドライフ』の活用方法を模索しているところです。また、『セカンドライフ』の日本語版のサービスは昨年の7月に開始したばかりです。競争の激しいWebとは異なりまだ参入企業が少ないいま、『セカンドライフ』中小企業にとって大きなチャンスが残っている未開の地といえるのではないでしょうか。

●奉行EXPRESS 2008年冬号より [→目次へ戻る]
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